DXが進まない組織に共通する悩み
「DXを進めたいが、現場が動かない」「何から手をつけて良いか分からない」——こうした悩みは、今も多くの自治体で根深く存在しています。
この課題の背景にあるのは、知識やリソースが特定部門に偏り、現場の職員がデジタル化を自分事として捉えられていない点です。東京都港区も、例外ではありませんでした。
DX推進以前、港区には各所管課から「どのツールがいいかわからない」「どう導入していいかわからない」といった相談が相次いでいたと、DX推進担当者は振り返ります。
この状況に対し、DX推進担当者は「自分たちの部門だけが立派になっても全庁の底上げにはつながらない」という強い危機感を抱きました。そして、全庁を巻き込むための戦略を立てることにしたのです。
港区の核心戦略:全庁を「進められる状態」にする三位一体体制
港区のDX推進の最大の秘訣は、人材育成、現場支援、情報共有の三つの柱を組み合わせ、職員が自発的に動き出せる「進められる状態」を意図的に作り出した点にあります。
トップの決意と旗振り役
まず、専門部署であるデジタル改革担当(課)が、全庁の「旗振り役」として推進を主導しました。
DX推進担当者は、現場の現実をこう認識していました。
各所管課が自ら課題を見つけていく場合もありますが、課題がわからずになかなか進められない部分もありますね
トップダウンの指示だけでなく、ボトムアップを後押しする仕組みの構築が必須だったのです。
【体制①】人材育成 ——現場の知識不足を解消
DX推進を担える人材を全庁に配置するため、港区は「DX推進リーダー制度」を導入しました。という戦略を採用しました。全庁70〜80課を対象に、各課に1名のDX推進リーダーを配置する3カ年計画を実施しています。
DX推進リーダーは各所属長 課からの推薦を受け、CIO(副区長)からの任命を経て、約半年間の集中的な研修を受けます。研修ではDXの基礎知識に加え、実践的なスキル習得を重視しています。
区の中で使えるツールを使って、試しに自分達の業務で使えそうなアプリ ツールをグループワークで作成する 作っていただく
と、DX推進担当者は語ります。
この人材育成戦略の最大の狙いは、各課にDX実践スキルを持つキーパーソンを配置し、現場の「わからない」を「相談できる」に変えることです。
【体制②】連携・支援 ——現場の心理的障壁を解消
職員が抱える「相談しにくい」「面倒だ」という心理的な壁を取り払うため、手厚い連携・支援体制を構築しました。
デジタル改革担当(課)課のメンバーに担当部門を割り当て、例えば「子育て部門の担当者が相談に来た時には誰々が対応する」という形で、相談窓口を明確化しました。
さらに、現場の職員が「DX部門に相談したいが、何から話していいか分からない」という状況に対応するため、部門担当者が対面形式でヒアリングし、課題を深く掘り下げています。デジタル改革担当(課)課は、この細やかなサポートを通じて庁内のDXを支援しているのです。
【体制③】情報の共有と外部連携 ——現場の視野を広げる
知識や意欲を継続させるため、外部の知見を取り込み、庁内で横展開する仕組みを整えました。
民間企業を招いた庁内DX展示会を定期的に開催し、成功事例を職員に「見せる化」しています。これにより、「これなら自分たちの課でもできる」という具体的な気づきを促しています。
また、外部からの技術提案を一括窓口で受け付け、庁内で共有することで、職員の視野を広げ、技術導入の機会を増やしています。

(引用:港区DX推進計画(令和3年度~令和8年度) 令和5年度改定版【概要版】)
現場を動かす具体的な仕掛け:実践と定着化への工夫
DXを単なる計画で終わらせず、現場の実践と定着化に繋げるため、港区は具体的な業務改革を進めています。
職員の相談に対し、求めている解決策があまり適切ではないと判断した場合、デジタル改革担当(課)課は抜本的なBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)を提案しています。
所管課が求めている解決策が、あまり適切ではない場合は、業務のスタート地点から全部変えることも提案します
また、ベンダーと協力し、「他の自治体の事例」を調査・共有するなど、職員の知識を深められるような形でサポートを継続しています。
最終的な目標:人にしかできない業務への集中
港区のDX戦略の最終的な目標は、職員が本当に価値を生む業務に集中できる環境を整えることです。
DX推進担当者は、こう語ります。
システムでできることは徹底してシステムに任せ、最終的には窓口でどうしても話したい方や地域との関わりなど、人じゃなきゃできない業務に職員のリソースを集中させたいと考えています
港区が掲げる「港区版DX」は、デジタル技術を活用して区民サービスを目覚ましく向上させ、誰もが利便性を実感できることを目指しています。快適な区民生活を実現するため、利用者目線で、サービスや業務の改善・効率化等を行い、区民サービスの向上につなげる——「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」を進めているのです。
この明確なビジョンと、それを支える三位一体の推進体制こそが、港区のDX推進を成功へと導く原動力となっています。