1. はじめに:なぜ町田市はDXの最先端を走るのか
自治体DXの取り組みをスコア化・可視化する『自治体ドックランキング2025』において、町田市は全国1,741自治体中、総合ランキング3位にランクインするという、確固たる成果を上げています。
この成果は、AIやメタバースといった先進技術の導入スピードに加えて、職員が自ら変革を担う『組織文化』によって支えられています。
なぜ町田市は、他の自治体に先駆けてこれほどまでに迅速かつ独自性の高い取り組みを実現できているのでしょうか。
※自治体ドックランキング2025・・・https://lp.govtechbridge.com/dx-ranking/
「先進性」と「強靭な基盤」を両輪とする町田市DX
町田市のDXは、注目すべき二つの要素が融合している点に特徴があります。
市のデジタルサービスの玄関口である「まちドア」に、生成AIと3Dアバターを組み合わせた「AIナビゲーター」を導入。さらに、職員採用のPR動画に職員が内製したメタバースコンテンツを活用するなど、トレンド技術を積極的に取り入れています。
すべての業務システムをクラウドへ移行し、「クラウド化率100%」を達成するという、徹底した基盤の近代化を断行しました。

「行政サービス改革=DX」を掲げる市長の強いリーダーシップ
町田市では、2022年に「町田市デジタル化総合戦略」を策定し、デジタル化を市の政策の横断的なテーマとし、「行政サービス改革=DX」を掲げる市長のリーダーシップを全庁に浸透させてきました。
この取り組みを主導する政策経営部デジタル戦略室は、
私たちは、部門横断的なDXの司令塔として、行政サービス改革を加速させるという役割をミッションとしています
と説明します。
本記事では、この先進的なDXを進める町田市デジタル戦略室へのインタビューを通じ、全国の自治体が最も知りたい「職員が自ら動く組織文化の作り方」と、「いかに独自性を実現するか」という戦略について深掘りしていきます。
2. 自治体 BPR 成功 事例:組織変革による推進体制
町田市がその先進性を維持できている背景には、DXを特定部門の課題ではなく全庁的な経営課題と位置づけ、その実行力を高めてきた推進体制の変遷と、それを支える意思決定が存在します。
I. 「システム中心」から「業務改革中心」へのコンセプト転換
町田市のDXを推進する核となるデジタル戦略室は、2022年10月という年度途中において、DX推進を組織のミッションの中核に据えました。
組織の所管を、従来の「総務部の情報システム課」という位置づけから、企画を担う政策経営部へと移管し、名称もデジタル戦略室に改称し、
この体制変更について、町田市デジタル戦略室は、従来の情報システム部門からの脱却を目指したと説明します。
従来の情報システム部門から所管を政策経営部へ移管し、システムの管理だけでなく、DXという、業務をデジタルでいかに変革していくかという視点を中心に据え、大きくコンセプトを変えていきました。攻めの姿勢を強く打ち出し、業務改革(BPR)の部分も含めてデジタル戦略室が担うようになったのです。
このコンセプト転換により、デジタル戦略室は経営改革室との人材兼務や部長の横断所管など、業務DX/BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)を主導する組織へと変貌し、全庁的な改革の実行力とスピードを向上させました。
II. 職員の専門性と情熱を活かす推進力
町田市DXの最も注目すべき点の一つが、職員が主体的に新しい技術の活用に取り組む「ボトムアップ」の推進力が挙げられます。
ChatGPTの利用が「議事要旨の作成」などの業務効率化に効果があることを示しつつ、町田市デジタル戦略室の担当者は、DX推進における人材の重要性を次のように語ります。
私自身、デジタル分野に強い関心を持っているため、DXの仕事に楽しみながら取り組めています。こうした意欲を持つ人材を組織内で育てていくことが、DXを飛躍的に進める鍵だと感じています。
このように、デジタル分野に高い関心と専門性を持つ職員を見出し、彼らの「好き」という情熱を推進力として活かす風土が、町田市DXの土壌となっています。これにより、新たな挑戦が奨励され、トレンド技術の活用に結び付いています。トップダウンの戦略と、職員の情熱というボトムアップの力が、高い次元で結びついているのです。
3. DXを加速させた「基盤」の強み
町田市が生成AIやメタバースといった先進的な取り組みに迅速に挑戦できている背景には、「クラウドファースト」を徹底した強靭なIT基盤の存在があります。DXを加速させるための基盤戦略は、コストの最適化と職員の生産性向上に直結しています。
I. 「別荘を持つ」二重投資を避けたクラウド100%の断行
他の多くの自治体が今なお抱える課題――ガバメントクラウドとオンプレミス(自前のデータセンターなど)の二重投資問題に対し、町田市は早期に戦略的な決断を下しました。
町田市は既にクラウド化率100%を達成し、自前のデータセンターを廃止しました。自前のマシン室も2026年度に廃止予定です。この決断は、コスト面で大きなアドバンテージを生み出しています。
他の自治体では、システムの基盤として、ガバメントクラウドと、自前のデータセンターやマシン室、それを両方持ち続けているところも多いようです。それは当然お金がかかりますよね。別荘を持っているみたいなものですから。
と、
町田市デジタル戦略室は、二重投資の非効率性を指摘します。クラウドへの集約は、総コストを最適化し、競争性の高いSaaSを選択肢に加えるという経営的な判断に基づいています。
II. 導入権限の一元化による統制
このクラウド集約という戦略的な基盤投資を可能にしているのが、デジタル戦略室への導入権限の一元化です。
町田市の特徴として、多様な部署のシステム導入権限をデジタル戦略室が、原則、一元管理する体制をとっています。比較的コントロールをしながらDXを推進しているという点があります。
と、デジタル戦略室は語ります。各部署にシステム調達を任せるのではなく、デジタル戦略室にシステム予算を一元化することで、基盤に適合したシステムが導入され、全庁最適の視点に基づいた無駄のないDX推進が可能になっています。
III. 職員の生産性を劇的に向上させた業務環境の刷新
強靭な基盤は、職員の日常業務環境にも大きな変革をもたらしました。
元々、三層分離構造の中でインターネットに直接つながらない環境にあった町田市は、βダッシュモデル(インターネット接続前提の業務環境)に移行し、端末を据え置き型からノートパソコンへ全面更新しました。これに伴い、庁内全ての会議室でWi-Fiを整備し、Microsoft 365にツールを統合しました。
これらの環境整備は、以下の具体的な効果を生んでいます。
Microsoft 365への統合に加え、庁内の全ての会議室にWi-Fiを整備しました。これにより、会議のペーパーレス化が進んだほか、OA面での業務効率性は大幅に向上したという声が職員から上がっています。
さらに、残業時間の減少にも一定の相関が見られるといい、これらのデジタル化の恩恵が職員のワークスタイルそのものを変えていることがわかります。強固で最新の基盤こそが、職員が恐れなくデジタルツールを活用し、業務効率性を「体感」できる土壌となっているのです。
4. 町田市独自の「AI文化」浸透ノウハウ
町田市の先進性を象徴するのが、生成AIの活用です。強固なクラウド基盤を土台に、町田市は職員がAIを使いこなすための環境と文化を整備し、全庁的な効率化を急速に進めています。
I. 驚異の利用スピード:全庁導入後のアクセス数5倍
町田市は、2023年12月に生成AIを全庁導入して以降、その利用スピードを飛躍的に高めています。
(2023年)12月に導入しまして、そこから今までで、ChatGPTのアクセス数が5倍に増加しています。
と、町田市デジタル戦略室は、短期間での利用拡大という成果を語ります。
AIの主な利用用途は、職員のルーティン業務の効率化に直結しています。
ChatGPTで言うと、一番その効果があると言われているのは、議事録作成でした。それ以外にも、翻訳、アイデア出しなどの一般的な使い方としても利用しています。
文章作成やアイデア出しといったクリエイティブな業務から、音声の文字起こしといった記録作成まで、職員の業務時間の削減に貢献しています。
II. 「ガイドライン」と「事例収集」で安心・積極的に利用促進
職員がセキュリティ上の不安なく、積極的にAIを活用できる環境を整備するため、町田市は明確なルールと利用事例の共有を両立させました。
AI利活用ガイドラインというものも作っていまして、その中で、活用例を10種類ほど示し、職員の参考にしてもらっています。
禁止事項だけでなく、「推奨される利用ケース」を具体的に示すことで、職員は安心してAIを業務に組み込めます。さらに、実際に利用した事例を全庁で共有する仕組みも構築しています。
また、生成AIについて全庁アンケートを取り、職員の利用ケースなども調査しました。結果として、様々な利用事例も上がってきています。
このボトムアップで収集された事例こそが、他の職員にとって最も参考になる「生きたノウハウ」となり、庁内全体でのAI活用文化の浸透を加速させているのです。

III. 外部連携を牽引する職員の「主体性」
町田市のAI活用が成果を上げている要因は、職員の主体性にあります。外部企業との連携においても、受動的ではなく、行政側から「こうしたい」という明確な方向性を提示することを重視しています。
NTTデータとAIの協定を結び、様々なプロダクトを共創していますが、そのコンセプトは我々行政側で考えなければいけません。(中略)自分たちで『こうしたい』という考えをしっかりと、伝えていかなければいけないと考えています。
受動的に提案を待つのではなく、職員が日々、技術の進化を研究し、「業務に落とし込んだらこういういいことが起こる」という未来を描き出す主体性が、外部連携の成功をもたらしています。
日々、生成AIをはじめとした様々なトレンド技術を勉強し、それを実際に業務に落とし込んだら”こういう良いことが起こる”みたいなところまで想像しないと、未来像って描けないんですよね。
このように、職員が業務改善に対して真摯に向き合い、自ら技術を学び、主体的に活用方法を描く姿勢こそが、先進的なAI文化を町田市に根付かせているのです。
5. 今、残る「フルデジタル化」の課題
強固なクラウド基盤と職員の主体性によって、町田市のDXは加速していますが、行政サービス全体の一気通貫なデジタル化には、依然として大きな課題が残っています。その課題は、フロントヤードの成功の裏側にある、バックヤード業務に潜んでいます。
I. 成功の裏側:バックヤードに残る「紙と手作業」
市民が直接利用するフロントヤード(受付・申請)のデジタル化は、町田市で大きく進展しています。
例えば保育園の入園の事務ですと、オンライン申請が可能となり、その利用率は既に8割を超えています。
と、町田市デジタル戦略室は、オンライン申請の定着という成果を語ります。
しかし、市民からの申請がデジタルで受理された後、庁内の業務プロセスに非効率が残っています。
一方で、オンライン申請で受付けて、その後の業務システムに入力していくわけですが、その間で、結局手作業で紙を打ち出して審査するとか、そういう業務が発生してしまいます。
オンライン申請の「受領」と、その後の業務システムへの「入力・審査」の間に、紙の打ち出しや手作業が介在し、せっかくのデジタル化のメリットが半減してしまう、という全国の自治体が抱える共通の課題がここにあるのです。
II. 「一自治体の限界」と国主導のデジタル化拡張への期待
この残存するアナログ業務を解消し、真の「フルデジタル化」を実現するには、膨大な投資とBPR(業務改革)が必要です。町田市は、その理想像と、それを一自治体で実現することの難しさを感じています。
理想とする姿は、ワークフローの自動化とAI活用による業務処理の自動化です。
AIも上手く使いながら、全てのワークフローの自動化、つまり業務処理をできる限り自動化していけるというのが本当に理想だと思っていますが、それを一自治体でやるにはかなり負担が大きいです
そして、このボトルネックを解消するためには、単にシステムを「標準化」するだけでなく、国主導による業務のデジタル化範囲の拡大が不可欠だと訴えます。
結局、基幹業務システムがこれまで扱っていた業務の範囲自体が変わるわけではないので、標準化の次のステップとして、もっとデジタルでやれる範囲を国として拡大していってもらいたい
自治体で個性を出すべき業務と、国が標準化すべき業務を見極め、共通標準で良い部分については、国レベルで業務自体を変革していくこと。町田市デジタル戦略室は、「それを、国として、さらに推し進めてもらえると、全国の自治体が喜ぶのではないか」と語り、標準化の次のステップとなる「業務改革のリード」を国に強く期待しているのです。
6. オープンデータファクトリーなど、未来への構想
町田市のDXは、目の前の業務効率化に留まらず、未来の政策立案と市民サービスを根本から変えるための革新的な構想へと進んでいます。その核となるのが、新しいデータ利活用プロジェクトです。
I. AIを活用し、データ利活用を身近に「オープンデータファクトリーまちだ」
これまでデータ分析は、BIツールを使うなど「プロフェッショナル的な人でないと難しく、属人化しやすい」という課題を抱えていました。町田市は、この課題をAI技術の発展によって解消しようとしています。
町田市は、AI事業として、データ利活用を進めています。町田市のオープンデータ、国が公表している各種オープンデータなどの様々なデータ。また、民間事業者からもいろんな情報を頂いて集めた情報を、AIを使ってチャット形式でビジュアル化できるようになります
と、町田市デジタル戦略室は、データの集約とAI活用への意欲を語ります。
この「オープンデータファクトリーまちだ」が目指すのは、職員や市民がチャットボットのようにAIに質問を投げかけるだけで、必要な情報を瞬時に引き出し、分析できる環境です。
チャットボットに聞くと、ふさわしいデータを取ってきて、地図で示す、あるいは表で示す、グラフで示す。また分析をする、会話的に深めていけます
これにより、職員は「根拠のある政策を作っていくため」にデータを活用でき、市民や事業者、大学も、市に関するデータを容易に分析できるようになります。このプロジェクトは2025年度内の公開を目標に進められています。
II. 外部知見を活用した戦略の強化
町田市の未来志向のDX戦略は、外部の高度な知見を積極的に取り込むことで支えられています。
戦略の大局的な議論を行う場として、2022年度から国のデジタル化施策にも関わる有識者を招いた「デジタル化推進委員会」を開催。これにより、国の最新の動向を踏まえた提言を戦略に反映させる体制を構築しています。
さらに、より日常的な課題への対応力を強化するため、専門家からのアドバイスを受ける仕組みも整備しています。
(デジタル化推進委員会だけでなく)日常的な困り事など、日常的にアドバイスを受けていくため、デジタル化推進アドバイザーを3人の方にお願いしています。その道のプロフェッショナルに日常的に相談できる体制も作っていくことも重要なところですね。
外部の専門人材が日常的に関与できる体制は、職員が技術的なボトルネックを迅速に解消し、「まずやってみる」文化を実践するための強力な後ろ盾となっています。
III. AIの進化とデータを追求する柔軟な姿勢
町田市デジタル戦略室は、AIの技術革新が続く中で、その成功の鍵は技術だけでなく「データ」にあると見ています。
AI自体どんどん発達していますが、やっぱりそれは、どんなデータをうまく使っていくかということだと思います。AIの技術と、そのデータの質というところもこだわって(中略)いろんな事業者とも連携し、話し合いながらAI事業を進めています。
技術の急速な進化に対応し、データとAI技術を追求するために、外部の事業者との連携もいとわない柔軟で未来志向な姿勢こそが、町田市のDXを牽引し続けるエネルギーとなっているのです。

7. 最後に:DXを始める自治体・企業へのメッセージ
町田市のDXは、強靭な基盤、トップのリーダーシップ、そして職員の主体的な情熱が融合した結果です。最後に、町田市デジタル戦略室から、これからDXを推進する自治体、そして連携を模索する民間企業へのメッセージをいただきました。
I. 自治体職員へ:「まずやってみる」と「好き」を源流に
DXの第一歩は、大規模な予算や複雑な戦略を待つことではない、と町田市は強調します。
お金をかけずとも、やれることってすごくいっぱいあると思うので、”とりあえずやってみる”ことはすごく重要かなと思いますね。
そして、その「まずやってみる」という推進力を生み出すのが、職員一人ひとりの情熱です。
デジタル分野が好きな人が庁舎の中には一定数いると思うので、 DXそのものの源流というか、推進のためのスタート地点になるのかもしれないなと思っています。
デジタルに興味を持つ職員を発掘し、その情熱を活かすことが、先進的な取り組みを生み出す原動力となります。
II. 広域連携と未来の共創
最後に、町田市は、一自治体の枠を超えた未来の公共サービスのあり方について、強い意志を示します。
広域団体とも連携して、効率的なサービスを一緒に作っていく、一緒に使っていく。(中略)そこにしっかりと歩調を合わせていきたいと思いますし、可能であればそこで、モデルケースとなるような取組を示せる自治体でありたいと思っています。
広域連携による共同化・統合を牽引する立場を目指す町田市は、今後、バックヤードのフルデジタル化や、オープンデータファクトリーまちだの推進など、多くの課題を民間企業と共に解決していくことを期待しています。
町田市の事例は、「トップの意思決定」「クラウドへの集中」「職員の主体的な行動」という三つの要素が揃えば、標準化を進めながらも、常に住民サービスの向上という「攻め」のDXを続けることが可能であることを示しています。この成功モデルは、全国の自治体、そして自治体との連携を目指す企業にとって、貴重な羅針盤となるでしょう。